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    もちろんあたしは、英語なんぞ大学受験のときイヤイヤいちおうちょっと単語覚えたりとかしてみたくらいで、ぜーんぜーんダメであった。

高3では私立理系のためコクゴは全然勉強してなかったんだけど、センター試験ではそのコクゴよりも点数が悪かったくらいなのだ。

そして大学入った瞬間、「ここはニッポン。二度とベンキョすることもないだろー」と思い、忘れ去った。

留学なんてものにもまるっきり興味を持ったことはなかった。


だけど。
海外旅行に行くたびに、やっぱ英語しゃべれたらいいな~とは思ってた。
思うものの、思うだけで特になにもしないまま、しばらくたつとまたそんな気持ちも忘れ、何年か過ぎて行った。

ある日。シゴトで外国人とMeetingがあった。
相手の会社の人が通訳してくれたけど。
もしペラペラ~リと自分でしゃべれたらイケてるのに!って思った。

「○○だったらいいのに。」

いつもそんなことを思っている自分。
でも思っているだけじゃ何も変わらない。
行動しなきゃ、何も変わらない。

「○○できたらいいのに。」
ずっとそんな風に思ったまま、このまま行くんだろうか?

――それでいいの?

「多くのひとは、あこがれがあっても実際に行動を起こす人はほとんどいない。
 やる前からあきらめてる。
 行動を起こせば、たとえ0.01%でも可能性はある。
 でも、行動を起こさなかったら0%のままなんだよ。」
前に渋谷のナンパ君が言ってたな。
ただのナンパ君かと思ったけど、なんだかやけに心に残ったっけ。

いまさら留学とか、おもってもみなかったし、いろいろ大変なことが起きるだろうとは予想されたけど。
会社の帰りに立ち寄った留学センターでもらったカリフォルニア大学のパンフレット、気づくと何度も見返してた。

今のシゴトをやめる とか、考えたことなかったわけじゃなかったけど。
しがらみはいっぱいあった。
職場のめちゃめちゃ楽しい仲間たち、大好きだったし。
お世話になった先輩や上司たち。
離れ離れになるのは勇気が必要だった。

それにそもそも、踏み出したところで、その先に自分の思うような、素晴らしい世界があるとは限らない。
踏み出すのは怖かった。
いろいろな迷いはあったけど。
ある人の一言が、そんなしがらみを断ち切らせてくれた。

「それって、その人たちと一緒に仕事がしたいの?
 そうじゃないなら、別に同じ会社じゃなくてもつきあっていけばいいわけで。
 会社が変わったからって、そこで終わってしまうような関係なら、それまでのものでしかなかったんだよ。」

その一言をきいて、やけに納得して。
んで、その時、信じた道へと進むことにしたのでした。

会社辞めたの7月末で、コースは9月からなので、明らかに間に合わない。
そこで翌年を目指すことにした。

その間、週数回働いて、創作活動に力を入れて、英語力もアップしちゃう充実した半プー生活を送ることに。
朝はダラダラ、自由気ままな、夢のようなLONG VACATION。

ところが。
実際プーもどきになってみると、ひどく不安になってきたのである。
今まで毎日働いていたのに、そうでない。
プーもどきは一時的なものだと頭では理解しているのに。
なんだか社会に必要とされていないような気がしてきて、ひどく心もとない感じがしてきてしまった。

それまで、リストラされた人が、希望を失って鬱々となって自殺しちゃう話など聞いて
「バイトとかすりゃなんとか食べていけンのに~、もっと気楽にいけばい~のに~」
とか思ってたんだけど。
きっと経済的な問題が不安なんじゃないんだね。
「自分なんか必要じゃない」
って思っちゃうのが、すごくつらいんだろうな。。。
目的があって自分で辞めたにもかかわらず、そう思えてきたんだから、リストラだったらなおさらだろう。
初めて、リストラされた人の気持ちが少しわかった気がした。

 
さて、留学しよう、と決めたものの、もちろんそれには必要なスコアやらエッセイやらというものがある。
最初は正直言って、TOEFLの必要点数なんて一ヶ月くらい勉強すれば取れると思っていた。
それがどんなに甘い考えであったか、この後、イヤというほど思い知ることとなる。

1月。そろそろ受けるべ~と思い、それなりに勉強して、TOEFLに臨んだ。
TOEFLを受けるのは初めてである。
会場に着き部屋に入ると、各席の左右はパーティションで区切られており、コンピューターに向かい各自スタートする。
まず最初はリスニング。そこそこCDも聞いて練習したつもりだった。

ところが。
始まった途端、衝撃が走った。

ガ━━ΣΣ(゚Д゚;)━━ン!?!?!

――なっ、なんだこの音質の悪さは!?
  サウンドボードが悪いのか!?これはどこのマシンだ!?
  なぬ、COMPAQマシン!?古いんじゃないか!?スペックはいったい!?

そう、あたしはクリアな音質で録音されたCDで、普通のCDプレーヤーを使ったリスニングしかやっていなかったのだ。
ヘボいサウンドボードに加え、ひどい録音状態など想定すらしていなかった。
もちろんそれなりの聞き取りレベルに達していれば、それでも聞き取れるのかもしれない。
しかしっ、このあたしにとてもききとれるわけがない。
そ~んな余計なことを考えている間にも、どんどん会話文は流れてゆく。

衝撃を受けつつも、とりあえず適当に回答し、先に進む。
後から知ったのだが、実はこの最初の1~2問というのが、すごく重要で、ここで間違えるとコンピューターが「コイツはバカだ」と判断し、その後は低い点数の簡単な問題しか出てこないそうな。
さすがCBT(Computer Based Test)。そのあたりはインテリジェンスになっているらしい。

で、結果。

撃沈。

CBTはWritinigを除く、Listening、Stractre、Readingの点数が終わった瞬間にわかる。

もしWritingがPerfectだったら・・・?
というありえない期待を胸に、祈っていたのだが・・・。

後日送られてきた結果は、そのかすかな望みをいとも簡単に打ち砕いた。
やはり、明らかに必要点数は足りず、普通の大学にさえギリギリ入れないくらいのレベルであった・・・。

――(´д`|||) いったいどうしたらいいんだ・・・

そもそも、これ以上何をどうやったらいいのかわからない。
問題集をやるっていったって、それだけで本当にいいんだろうか?

沈鬱な面持ちで、途方に暮れ、あてもなく本屋をうろついていたとき、ふと本棚から中途半端に飛び出た本が目に飛び込んできた。
どうやら誰かが立ち読みして、棚に戻しかけてそのまま去ってしまったらしい。

「TOEICテスト900点 TOEFLテスト250点への王道」

――おウどう!?

あたしはおもむろにその本を手に取り、めくり始めた。
その本は問題集でも単なる試験ノウハウ本でもなかった。
著者、杉本太郎氏は本の中で語った。

   
TOEIC900点 TOEFL250点は「エベレストではない、高尾山だ。」と。

――おぉぉぉぉ(#゚ロ゚#)!!
  高尾山ならのぼったことあるゾ!!

なんだか自分にもできそうな気がして、早速その本を買って家に帰り、一気に読んだ。
その本は勉強方法について書かれた本で、読んでいるとやけに熱くなってくるのだ。
ヽ(#`д´#)/ うおおおお!!!がんばるぞー!
という気になってくる。

何をどうしたらいいかわからなかったけど、何をどれだけやったらいいのかが見えてきた。
それからというもの、あたしはその本をバイブルに、新たにTOEFLスコアGETを目指し始めた。
途中、心に迷いが出てきたり、モチベーションが下がってくるたびに、この本を読み、ガッコのパンフレットを読み返し、また気持ちを新たにした。

それから数ヶ月。
着実にスコアは伸びてきたものの、まだ足りない。
そうこうしているうちに6月になってしまった。
かなりやばい。
今度の9月を逃したら、もう、いけないかもしれない。

あたしが留学に行きたかったのは、単純に勉強したいとか、海外生活したい、という事以外に実は別の意味もあった。

自由になりたかった。

むしろその意味の方があたしにとってはものすごく重要だった。
家族、恋愛、そして、自分自身・・・
そういったいろんなしがらみや呪縛を解き放ち、自由になって、自分の道を見つけたかった。
誰かに決められた道ではなく。

普通留学の準備は3ヶ月前くらいにしておくらしい。
なのに、もう6月後半。
スコアは依然届かず。
申込締切は書類的には8月半ばだが、ビザ取得に時間がかかるらしく、7月半ばには申し込みを済ませていたいところだった。
かなりあせった。

気づくとまた例の本を読み返していた。
そして巻末のスクール案内に目を止めた。
著者が青山で「PRESENCE」というコーチングスクールをしているらしいのだ。
URLも載っていたのでアクセスしてみると、力強い言葉が目に飛び込んできた。

 TOEFL250点・TOEIC860点を保証します!

――(#゚▽゚#) パァァァ

話を聞いてみようと電話をかけてみて、即、その日に伺うことになった。
「もうじかんがないんです、たすけてください(TロT)」
藁にもすがる思いで泣きつくあたしに、コーチは言った。
「必ず取れるよ」
そんな心強い言葉に勇気付けられ、その場を去るころにはすっかりそこでやる気まんまんになっていた。
一筋の光の道しるべができたような気分だった。

はっきり言って、やるべき事はいっぱいだ。
リスニングは一日最低3時間、覚えるべき単語も山のようにある。
でも、「これさえちゃんとこなせばOK」というのがわかっているので、あとは突き進むしかない。
方法さえわかれば、あとはやるのは自分だ。

その頃は、ちょくちょく音楽制作の仕事はしていたものの、週3回のWeb制作の仕事も終わっていたので、勉強にかけられる時間はかなりあった。
朝はスタバで、その後近くの大学の自習室に行ったり、自習室の存在を知る前は公園に行ってベンチで勉強って生活をしていた。

はっきり言って、大学受験のときよか、ベンキョしたかも。しかも英語ばっか。
その日にどのくらいやったのか、報告メールをSCHOOLのメーリングリストで各自流すんだけど、9時間、10時間・・・日々記録を更新していく、それさえも楽しかった。
あの恐ろしい音質のListeningも、だんだんわかるようになってきた。
きっと後にも先にもこのときだけだろう、異様な集中力を発揮できたのは。
やはりモチベーションってスゴク大事である。

ある日、SCHOOLで杉村氏本人にお会いした。
本で何度も読んでいたせいか、向こうにとっては初対面だと言うのに、あたしにとってはまるで前から知っている人、いつも勇気づけてくれた憧れの人に会えたかのような感覚だった。

そして、すごいオーラを持っていた。
力強く前向きなオーラ。
必ず思ったことを成し遂げるような。

コーチに、杉村氏に、クラスの仲間に勇気付けられ、ホーント直前になってようやくスコアゲットできた。
なぜ入学したいのか、得た知識を使ってどう世の中に貢献するのか、やらのエッセイもチェックしてもらいつつ書きあげて、なんとか締め切りに間に合ったのだ。
。* ゚ + 。・゚・。・ヽ(*´∀`)゚。

こうして、長い長い戦いは幕を閉じた。
この7ヶ月間に購入した英語の問題集、気づくと腿の高さまで積みあがっていた。
いったい何冊あるのか数えてみたら

問題集(含む参考書) 24冊
ListeningCD 30枚

これらを何度もやりまくったンだよね。う~ん、我ながら頑張ったもんだわ。
得意な人にはたいしたことないのかもしれないけどあたしにとってはおおごとだった。

でも。
アホでも、苦手だったとしても
やればなんとかなるもんだぁねぇ。
英語が苦手だったあたしが、半年間で TOEIC 225 点アップ、TOEFL 40 点アップである。
( ´ー`)フゥー...

これで入学許可が下りれば一安心。

と 思っていたの だ が――

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